以前のブログで、
日常で徳(良い行い)を増やすことが、
合気道上達に不可欠だと伝えた。
和というのは、ちゃんとひとつ自分に強いものがあって、
そして相手を味方にする。協力者にしてしまう。
これが“対すれば相和す”です。
それには、よっぽど徳を積まんと出来ない。
塩田剛三
祖父・塩田剛三が創った合気道養神館では、
柔道・剣道で有段のもので、
勤務時間ずっと合気道の訓練をするというコースがある。
ここには警視庁だけでなく、
どんな稽古をするか具体的に言うと、
・1時間半、正面打ち一か条抑え(二)だけをしたり、
・受身を500回連続でしたり、
・構えをして、1時間じっとしていたり
稽古内容は厳しかった。
もちろん、肉体的には強くなったし、
手首関節も強くなった。
でも、何が1番自分を強くしたかって聞かれたら、
・鏡を磨くこと。
・トイレ掃除をすること。
厳しい稽古だけしていても、
上手くはならない。
専修生コースは、
毎朝、稽古前の掃除から始まる。
1人1人に掃除の担当が、
割り当てられ、
私は男子トイレとトイレの鏡担当だった。
鏡は、曇り一点も残さず、
新聞紙で磨き続けた。
トイレも全面あらゆる角度から見て、
汚れを残さぬように磨き続けた。
汚れを落とすことに一生懸命で、
習慣化されているので、
3ヶ月ほど経てば、磨くという行為を、
「無」の状態で行うことが出来る。
どういうことかと言うと、
身体が疲れてるとか、暑いな、とか
そういうことも、考えなくなるほど、
磨くことに夢中になれるということだ。
鏡を磨き続けると、
心に余裕が持てるようになる。
専修生の稽古は厳しい。
自分が生き残るのに必死になって、
ある時から仲間の心配の方を先にする様になっていた。
500回の受け身の後、余った時間40分?
正座して黙想で過ごす稽古をした。
正座している時、専修生の1人のマイクが
過呼吸気味になり、
倒れそうになっている。
黙想中で、目を閉じているが、
心の底から心配した。
専修生は毎日限界を越えて訓練をしている中、
どうしても、自分のことが先決になってしまう。
その余裕を作ったのは、厳しい訓練ではなく、
鏡を磨いたからだ。
また、相手を本気で思いやることが出来た時だけ、
そこで、合気道は思いやることが1番大事なのだと悟った。
鏡を磨くことは、1つの例だが、
他人の為に、良い行いをし続け、
徳を積むことが
合気道の上達には不可欠だ。
日常から、相手の為に動くことが大事だ。
追記:
これは、昨日のこと。
松屋での話。
手っ取り早く食べれる牛丼チェーン・松屋に行った。
牛丼の大盛りを頼んだ。
半分くらい食べたところで、
おばあちゃんが、食券を買うのに戸惑っているのに気付く。
席を立ち、おばあちゃんが食べたいものを聞いて、
次来るときに困らないように、
食券を買って上げるだけでなく、
食券の買い方も教えた。
席に戻ると、食べていたはずの牛丼がない。
店員さんが間違えて片付けてしまったみたいだ。
まだ半分以上あったのに笑
ここでは情けは、自分に戻って来なかったが、
いずれ戻ってくると思い、
合気道家として、良い行いをし続けようと思っている笑