塩田 将大 Aiki Peace Seeker -合気道家-

★塩田剛三の孫が伝える【心】を豊かにする合気道★

塩田剛三と正勝吾勝勝速日(まさかつ・あがつ・かつはやひ)【合気道の心を学ぶ】

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塩田剛三

植芝盛平先生が残した言葉で、

「正勝・吾勝・勝速日」(まさかつあがつかつはやひ)という言葉がある。

 

 

この言葉は、

合気道修行の心構えや心得を言い表している。

 

「正勝」とは、人間にとって正しいことを強く考え、

間違った考えを改めようとする、強い信念。

 

「吾勝」とは、沸き起こる自己中心的な考えを振り払い、

人々にとって良いことをしようという信念。

 

「勝速日」とは、正しいと思ったら即行動に移すこと。

躊躇している時点で、気の迷いがあり、自分に負けているという考え。

 

合気道が上手くなるには、

技ではなく、こういった正しい心を身に着け

人格を磨かなくてはいけない。

人格がなければ、人と和することはできないと

剛三先生も言っている。

 

この、勝速日を実現できている人は、

今の時代には少ないと思う。

 

後先を考え、絶対に躊躇する。

身の危険に関わることならなおさらだ。

 

1つ、針すなお先生(佐賀県に本部を置く高伝館館主)が語った

塩田剛三先生のエピソードを紹介する。

 

 

進駐軍のいたずら 】

昭和20年の終戦直後のことだが、

この頃は日本人全般が虚脱状態になっていて、

進駐軍(戦勝国であるアメリカ軍)と言えば、

手出しができないような状態で、

日本の警察もその横暴ぶりに手を焼いていた時代だ。

剛三の家は東京郊外の所沢にあり、

当時はまだ武蔵野線といっていた西武線終電車に乗って帰る途中、

酔った進駐軍の兵士が二人乗り込んできた。

その兵士が車中の日本人一人一人の頭を突いたり、

鼻の先に触ったりして面白がっていた。

しかし誰一人それを制止することもせず、

じっと下を向いて我慢している。

やがて兵士の一人が剛三の前に来て、

「パパサン」と言いながら、

右手で剛三の顔を撫でようとしたので、

その手を軽く左手で握ると、

今度は左手で同じ動作をしたので、

その手も握り、

いわゆる両手持ち四か条という技でビシッと極めると、

この大きな男はぴしゃっと床に這ってしまった。

この兵士にとって運が悪いことに、

当時の電車は木造で床には油が塗られていたので、

顔から服までその油で真っ黒になり、

哀れな姿になってしまった。

兵士たちはよっぽど驚いたのか、

二人ともおとなしくなってしまった。

その時の日本人乗客全員のうれしそうな顔が今でも、

剛三の目に浮かぶと言う。



また昭和22年正月の事だが、

午後のまだ日が高いころ、

親戚の家に挨拶に行った帰り、

恵比寿駅近くまで来ると、

交番に人だかりがしていている。

剛三も好奇心で覗き込むと、

若い奥さんとみられる女性がお巡りさんの前で泣いている。

話の様子から、すぐ近くの路上で黒人兵に乱暴されたという。

いくら進駐軍でもそんなことが許されていい筈がないから

「早くそいつをとっつかまえなさいよ」と剛三が言うと、

お巡りさんは困った顔をして

「なにしろ相手が進駐軍なのでね」と渋っている。

それを聞いて剛三が

「私が捕まえるから、あなたはすぐMP(筆者注:Military police主に軍隊内部の秩序維持と交通整理を任務とする)を呼んでください」と言うと、

お巡りさんは剛三をしげしげと見て

「あなたが? そりゃとても無理ですよ。やめた方がよい」と

親切のつもりでとめる。

剛三はかまわず飛び出すと、

パンパンというビストルの音が聞こえてきた。

その音の方を見ると6人ほどの黒人兵がいて、

その中の一人が面白半分にピストルをかざして周囲を威嚇している。

通行の人たちはみな怯え、

近くの店に飛び込んだりして身を隠すのに大騒ぎとなっている。



剛三は徐々にその男に近づいてゆくと、

子供とでも思ったのか無視して背中を向けたので、

この時とばかり駆け寄り、その背中に頭突きを食らわせ、

振り向いたところを一撃、また一撃と、

飛び上がるようにして思い切り手刀を加え、

ひるんだすきにピストルをもぎ取り遠くへ投げるとともに、

そいつを四方投げで地べたに叩きつけた。

その時、遠くからサイレンを鳴らしてMPがジープで駆けつけてきた。

さすがに彼らはMPには弱く、逃げる間もなく連れ去られていった。

引用元:https://blog.goo.ne.jp/aa120311re/e/ca9895f57cecc1333f85c9510d409e12

 

正しいと思ったことをすぐに行動に移せる

塩田剛三先生は「正勝・吾勝・勝速日」を実践できた人物なのである。

 

このエピソードを読んだとき、

祖父・剛三先生の偉大さを知り、私は泣いた。

 

それと同時に憧れの祖父には、

まだ1㎜も足りてないと感じ、

自分の未熟さを再認識した。