塩田 将大 Aiki Peace Seeker -合気道家-

★塩田剛三の孫が伝える【心】を豊かにする合気道★

なぜ、合気道を始めたか?塩田剛三の孫が合気道を始めたきっかけとは?

ちょっと、息抜きに自分の話しを少し!

 

合気道を始めたきっかけを話したいと思います!笑

 

Q「塩田さんは、小さい頃から合気道してたんですよね?」

 

A「いやいや、大学2年からです。笑」

 

塩田剛三の孫なので、小さい時から合気道をしていたと勘違いされる。

 

小学校は野球

中・高はサッカー

大学1年はストリートダンス

大学2年から合気道を始めた。

 

私は3男で、親から「合気道をやれ」と

言われたことは無かった。

 

f:id:Aikiboy:20200227200017j:image

 

小学生1年の時に、祖父がTVに出た。

 

それ以降

周りの友達から、

「お前のおじいちゃん夢に出てきたぞ」と、

バカにされたことがあり、

合気道という言葉もを口に出すことはなかった。

 

大学受験浪人中、北海道から来た友だちが、

「まさか塩田剛三の孫ではないよね?」と

質問してきた。

 

周りにいた友だちも塩田剛三を知っていたらしい。

「あのグラップラー刃牙の漫画のモデルの?」

同年代の子たちは、グラップラー刃牙という漫画経由で

塩田剛三を知っていることが多かった。

 

 

f:id:Aikiboy:20200229125636j:image

※祖父がモデルのグラップラー刃牙のキャラクター

 

大学に進学した際も、

周りで塩田剛三のことをyoutubeで見たことがある人も多かったし、

駒場東邦という高校では、

体育の時間に塩田剛三のDVDを見させられたらしい。

 

周りが、そう言うもんだから、

塩田剛三をググるようになった。

 

塩田剛三のyoutubeを、

「これ、ほんとなのかな?」と、

疑いの目でずっと見ていた。

 

YouTube のおすすめ動画に、

毎回塩田剛三が出てくるので、

気づいたらクリックしていた。

 

そこで、ようやく合気道に興味を持ち始めた。

 

しかし、まだ「合気道をやる」と、

行動には移せなかった。

 

自分は、武道とは無縁で、

ずっと別の競技をしてきたし、

今から出来るのかな?という気持ちもあった。

 

浪人中、駿台予備校に通っていた。

第一志望の大学に進学するために、

朝5時に起きて、勉強し、

電車の中でも英単語、駿台の門が開くまで、

立ちながら勉強。

 

そこで、毎日5限まで授業を行い(授業をサボったことは一度も無い)、

その後自習室で、

駿台が閉まるまで(9時だっけな?9時半だっけな)勉強した。

 

1日16時間勉強した。

 

このような生活をしてたもんだから、

8月末に病気になってしまった。

 

勉強をしたいんだが、鉛筆を持つのにも、

手が震えて、勉強ができなくなった。

 

そんな日がどんくらい続いたんだろ…

1ヶ月くらいだと思う。

 

駿台予備校のトイレで泣くことも多かった。

何で鉛筆が持てないんだろう…

 

決断し、母に「オレ大学行くの辞める」と、

伝えた。

予備校行くお金も払ってもらっていて、

大変申し訳ない気持ちでいっぱいで、

弱音を見せたくなかったが、

どうしようもない今の状況に、

勇気を振り絞って母に伝えた。

 

母は「別に良いんじゃない?

専門学校とか行って好きなことやるんでも良いし、

大学に行かなくても良いんじゃない?」

 

この一言に大分救われた。

模試では成績は良かったし、

大学行くのが、当たり前だと思っていた僕は、

相当なプレッシャーを感じていたと思う。

 

そのプレッシャーから解放されて、

初めて本当の自分に戻れた気がした。

 

そのあと、鉛筆を持つ度に手が震える発作は

完全に無くなった訳ではないが、

そうなった時は休めば良いと、気楽な気持ちになれた。

 

9月に受けた模試は、成績がグッと落ちたが、

12月の模試は、大分取り戻せた。

 

周りにも未だに言っていないのだが、

発作が起きても大丈夫なように

大学受験は全て別室で受験している。

 

何で、こんな話しをブログに書こうと思ったのか、

ちょうど2月25日、26日が受験日で

当時のことを思い出したからかもしれない。

 

僕の大学浪人時代は、相当大変だったが、

今となっては、自分の弱さを知ることが出来た、

よいきっかけであり、良い思い出である。

f:id:Aikiboy:20200229090425j:image

※駿台予備校の仲間

 

話しは脱線したが、

そんな受験期を過ごし、

大学1年生の時は完全に燃え尽き症候群になっていた。

 

バイトしては、遊び、たまに大学に行くという生活を1年。

大学の単位は、かなり落としていた。

完全に親不孝ものである。

 

自分でも、あんなに頑張ってた時期と

今のギャップに嫌気が差してきた。

「自分を変えないとな」と。

その時、頭に思いついたのが、

合気道だ。

 

塩田剛三の技を見るたびに、

だんだんと興味が湧いていたし、

本当に受けがこうなるのか、

試してみたかった。

理系の研究したい血が騒いだのだ笑

 

これが合気道を始めたきっかけ。

ワクワクする気持ちを抑えきれず、

父もいる、合気道の道場「養神館」の門をたたいた。

 

受験に成功していたら、

合気道には出会えなかったと思う。

 

上手いように世の中出来てるなって笑

 

合気道をすればするほど、

塩田剛三の偉大さが分かってくる。

 

 

 

合気道は、知れば知るほど、

楽しいし、ミステリアスな世界だ。

f:id:Aikiboy:20200227224934j:plain

ミステリアス

 

最初は痛いことも多いし、

形(かた)を覚えることが大変だ。

 

スポーツと違って、

達成感を感じること回数も

少ないし、孤独と戦うことも多い。

 

しかし、まずは3年は続けてほしい。

3年続けば、最初に分からなかった

合気道の楽しさが見つかり、楽しくなる。

 

 

 

こんな素晴らしい武道・合気道に出会えたことを

すごく幸せに思う。

 

 


DAIGO vs 合気道の達人・塩田泰久 塩田剛三の深イイ話 Shioda Gozo